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見過ごしてきたこと/隠されてきたこと

 ものごとを考える際に、起点となるような事実や経験があるものです。
その起点を見失ってしまうと、思考が浮ついたものになってしまいます。
たとえば、日本の「戦後」を考える時に、先の<戦争>そのものの事実や経験から出発しなければ、当の「戦後」の意味は十分には見えないでしょう。
しかし、「戦後」を考える際に、もうひとつの、見過ごしてきた/隠されてきた重要なことがあると思います。
それは、ヒロシマ・ナガサキ・第五福竜丸・JCO東海村…フクシマの、連綿とした放射線被害の実態です。被害(者)の真実が隠され続けてきた歴史…。それを白日の下にして、まさに「そこ」から、思考を出発させなければならないと思います。
それはまた、日本の歴史と経験を、「グローバル・ヒバクシャ」に接続する試みでもあります。
人間の破壊された細胞核から発する思想。それをもう一度組み立てていくことから始めることが大切だと思います。

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