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「非知のパラドクス」

 「…チェルノブイリ後の世界では、この社会が徹底的にカフカ的性格をもつことを学ぶことができる。…その結果、日常的に人々は、『非知のパラドクス』が自分を恐怖に陥れていることに気づく。すなわち危険が増すほどに非知も増し、それだけ決断は不可避となるとともに不可能となるのである。」(ウルリッヒ・ベック)
五里霧中の中で、個別の決断がますます要求されるようになる一方で、その決定はますますきわめて難しくなってゆくというパラドクス。「カフカ的性格」というのは、このように人間が不条理な条件に否応なく押し込められる傾向を意味しています。
情報は過剰なまでにあります。毎日毎日、原発や放射能の情報があふれています。
しかし、そういう無数の情報があふれればあふれるほど、混乱したり、わからないことが増えて、その結果、ただ己れの無力感だけが増大してゆく…。私たちはそういう状況に押し込められているのではないでしょうか。
情報の過多によって、逆に「知る」という人間の営みに根源的な困難が生まれるという現実…。
「3・11」後の世界では、「知る」ということの真の意味を、再び問い直す必要がありそうです。

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