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市場の果て

NHK特集「ヒューマン――なぜ人間になれたのか」は、4回シリーズだったのですが、いずれも興味深い内容でした。
今回が最終回。テーマは、人類にとってお金が生まれたことの意味についてです。
今から約6000年前、最初の古代都市「テル・ブラク」で、麦が通貨として使用されていた時代から説きおこし、「交換」・「市場」・「信用(制度)」・「職業(分業)」・「都市」、そしてそもそも「個人」が生成する論理が紹介されていました。古代文明の時代から、「貧富の格差」や「債務奴隷」の問題が存在し、それにともなう「ジェノサイド(大量殺りく)」や、それを克服するための債務帳消しの試みなどもあったことがわかりました。部分部分、飛躍というか、説明に強引なところはあるのですが、きわめて示唆に富む内容でした。
特に、古代ギリシアで貨幣(コイン)が誕生し、そこから人生の長期設計という思想や、共同体から自立した「個人」が生まれたという説明には、ハッとさせられました。市場も貨幣も、「文明」をつくりだしたきわめて「人間的」なものであったわけですが、その誕生の初めから、既存のコミュニティを突破する「個」の論理を内在させていたということを再認識しました。
狩猟採集によるお金のない(必要のない)社会(人類史のほとんどを占めます)では、何でも分け合うのが当然であり、富が一部に蓄積されない平等社会であったわけですが(番組ではカメルーンのバカ族が事例として挙げられていました)、貨幣経済は、自由な「個人」を生み出し、同時に既存のコミュニティを動揺させることにもなります。
さらに、たとえば古代ローマで次第に純度の低い銀貨がつくられるようになったように、通貨は徐々に現在の紙幣に近い、信用のみに基づくものとして世界に広まるようになりました。そしてお金はそれ自体、実体経済とは一応自立して、いわば自己目的的な存在になっていきます。そして21世紀の現在、グローバルな金融資本が地球上を秒速で駆け回るまでになりました。現在、1日に新たに生み出される金融資本は、約8兆円であると言います。
今朝の新聞で知ったのですが、このような現代の世界市場の現状は、私たちの想像をはるかにこえていて、高頻度取引(High Frequency Trading)と呼ばれるように、コンピュータによって自動化された100分の1秒を争う高速ゲームのような状態であるとのことです。ここではもう市場での取引自体において、人間の手は必要なくなるわけです。
つまり、瞬間的に数十、数百億という、一人の人間が一生かかっても使いきれない量のお金が操作され、それによって「さらに」多くを稼ぐために、世界中の才能が眠らずに競っているわけです。そして、その一方で、古代国家でそうであったたように、現代でも無数の債務奴隷(国家)が存在し、貧富の格差が深刻な社会問題となっています。そして何よりも、「無縁社会」と呼ばれるような、もはや「人間」であることを否定されるような荒涼とした世界が到来しています。
お金を媒介にして、交換する。そして市場を形成する。これは、「人間」として、まさに誇るべき「文明」の源でした。しかし、いつの間にか、お金や市場は、「非人間的」なものとして私たちの前に立ちはだかっています。素朴な問いですが、まさにそれがどうしてなのかを解き明かすことなしに、私たちは次の「文明」を思い描くことはできないでしょう。

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