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「緑の党」の誕生

 前回、7月29日に国会前のデモに参加したことについて書きましたが、その日はデモの前に日本の「緑の党」の結党を記念するキックオフイベントもありました(「緑の党」の正式な旗揚げは、その前日28日の総会で決定されました。)

映画『第四の革命』のカール・A・フェヒナーさん(下写真)や、宗教学者の中沢新一さんなどがお祝いのあいさつをしましたが、会場では有名な新右翼の代表もみかけたりしました。

「緑の党」について懐疑的な人もいるかもしれません。なぜ日本でこれまで「緑の党」が存在しなかったのかというのは、それ自体重要な研究テーマです。けれども、「緑の党」については、二つの重要な特長を指摘できます。
第一は、彼らの構成メンバーおよび候補者は、ちゃんと半分が女性であるということ。これは、これまでの同じような主張をもつ政党(社会民主党や共産党など)と大きく異なった特長です。この点は、強調してもしすぎることのないほど重要な事です。
第二は、さらに重要です。それは党の成り立ちや運営方法そのものが「運動」の側面を失わないという事です。彼らの党綱領も、常に「運動」の中で形成され、修正されます。彼らが唱える「参加民主主義」は、ただの目標であるだけでなく、現実のプロセスとして生きています。
それはたとえば、徹頭徹尾手づくりのキックオフイベントの雰囲気からも伝わってきます。そこには、他者を排除しない新しいコミュニケーションの流儀や習慣がありました。まあ、一言で言えば「おやじ臭さ」が限りなく少ないということなのかもしれません。
巨大組織化して硬直化することなしに、「運動」の契機をずっと維持し続けられる政党がありうるのかどうか、それは大きな挑戦だと思います。しかし、もしそれが可能であれば、新しい政党の形を創り出せるかもしれません。
私は彼らをできるかぎり応援しようと思っています。政治学者は、政治を遠目で批評することも重要な仕事ですが、それだけでは十分ではありません。ただの権力批判なら、別に政治学者がやらなくてもいい(というかそれは実は簡単なことですし、ただの「評論政治学」はそれこそ自らの権力性には鈍感だということです)。今は、一人の市民として状況に参加する中でつくられる政治理論もあるのではないか、と考え始めています。
かつて「戦後デモクラシーの虚妄に賭ける」(丸山眞男)というフレーズがありましたが、「賭ける」という行為は思想として尊重すべきとても重要な要素だと思います。
「緑の党」の弱々しい門出に際して。彼らの試みに賭けてみようと、今、真摯に思っています。

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