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希望の政治学読本 ⑨

大森美紀彦『《被災世代》へのメッセージ』(新評論) 1,800円

「単身者本位社会」を超えて

リオ・オリンピックの熱狂が過ぎ去ったが、「次は東京オリンピックだ!」と明るい気分になれないのは私だけか。今日も福島第一原発ではあと何十年かかるかわからない廃炉作業が続き、もちろん放射性物質も漏出し続けている。何よりも住めなくなった故郷、分断された地域、離れ離れになった家族は依然として放置されたままである。

震災と原発事故によっていろいろなことが明らかになった。田舎の多くは「3・11」のずいぶん前からすでに荒廃していたし、東京と地方との関係はまるで宗主国と植民地の関係のようだった。都会でも「無縁社会」が進行していた。つまり、私たちは震災のずいぶん前からすでに「分断」されていたのだ。

本書はその理由を、「単身者本位社会」という概念で説明する。日本の近代化は、家族や村落共同体、地域を破壊し、そこから大量に生み出されたバラバラな個人(単身者)によって強い会社や国家をつくりあげた。根拠地を持たないこの浮遊した「孤人」は、時に会社を家族のように想い、社長を「親父」と呼んだりした。「衣食住」では何よりも「住」が軽視され、逆に単身者のためのさまざまサービスや娯楽(単身者文化)が発達した。「日本の別居子の五人に一人は年間を通じてほとんど老親に会っていない」など、本書は豊富な例を示しながら、日本がいかに「単身者」中心の「分断」された社会であるかを指摘する。

民主主義の前提には、明確に自分の意見を表明する自立した強い個人が必要だと言われる。しかしよく考えてみれば、その自立した個人は、けっして白紙から生まれるわけではなく、実は家庭や地域などのしっかりしたコミュニティがつくりだすものなのかもしれない。そしてもしそうだとすれば、再生されるべきは、競争を勝ち抜くための強い個人ではなく、抵抗の根拠地としてのコミュニティと、それを生み出す新しい実践に他ならない。本書は、稀代の政治学者、神島二郎のオマージュでもある。

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