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Black “Lives” Matter!

「息ができない」と訴える人の首を、周りの市民が再三注意喚起しているにもかかわらず、警察官が長時間ひざで押さえ続けて死に追いやった映像は衝撃的でした。亡くなったジョージ・フロイドさんは、どんなに苦しかったでしょう…。想像に余りあります。一方、押さえつけていた警察官はどんな気持ちだったのでしょうか。いつものことなので「これが当たり前だ」と思っていたのか、「黒人だから多少手荒でもいい」と思っていたのか、あるいは「ひざをゆるめたらこちらがやられる」と恐怖にとらわれていたのか。あるいは、新米警官の前で妥協を許さぬ「模範的な」取り押さえ方を見せようと張り切っていたのか、あるいは、これ幸いと、普段から軽蔑し、憎んでいる黒人を痛めつけようと思ったのか…。私は、あの警察官の当時の偽らざる心情がききたいと思っています。

さて、その後全米を駆け巡った「Black Lives Matter !」(黒人の命も大切だ!)というかけ声は、よく考えるとごく当たり前の内容です。しかし、そんなごく当たり前のことでも、あえて大勢の市民が路上で叫ばなければならないという現在のアメリカの状況があるということです。今のアメリカ社会は、多くの人々がもう我慢ができないほどに、アンフェア(不公平)な社会になってしまった。その危機感が、とくに新型コロナの危機と相まって高まっているように見えます。

そういえば、「息ができない」ことで死に至るというのは、新型コロナウイルスによる肺炎でも同じです。しかも、黒人の死亡率は白人の約2倍だといいます。人間一般に対しては、ある意味平等に襲いかかるウイルスでも、アメリカではより多くの黒人に死をもたらすというのは、もちろん社会構造にゆがみがあるからです。コロナ危機の前から、黒人の命は白人より軽かった。しかしコロナ危機によってその「現実」がふたたび顕在化したということです。その意味で、国家権力である警察官が黒人を窒息死させることと、ウイルスが黒人の呼吸を止めることと、アメリカではずいぶん重なって見えてしまいます。

今回、「Black Lives Matter !」と叫ぶ市民の中には、多くの白人の市民や若者たちが含まれているといいます。人種を超えた幅広い共感が感じられます。もちろん、公民権運動以来、実は何も変えてこられなかったという白人社会の強い反省もあるでしょう。しかし、今回の「Black Lives Matter !」という呼びかけには、単に黒人の人権を回復するという以上に、実は「All Lives Matter!」(すべての命は重要だ!)というニュアンスが、その奥底に存在しているように感じます。つまり、「Black Lives Matter !」というのは、「Lives(命)」ということばが入っていることに意味がある。単に「権利」ではなく、そこには「生命」の次元がある。「すべての生命は平等に扱われるべきだ」という訴えが、この運動の広がりの背景にあるように思います。(※しかし残念ながら「All Lives…」 の呼びかけは、今、運動の現場で「Black Lives」相対化するために政治利用されている向きもあるようです。言うまでもなく、何よりもまず、これまで虐げられてきた「Black Lives」に向き合わなければなりません。そのいわば階級的な向き合い(闘争)の果てに「生きとし生けるもの=All Lives」の論理が生まれ、「Black Lives」にさらに普遍的な力が与えられます。)

そして、この“生命次元における連帯感”が、まさにコロナ危機の中で人々の心の中に密かに生成していたと考えることも難しくはないでしょう。「メキシコ国境に壁をつくる」と宣言して大統領になったトランプは、今回の市民によるデモを実力で追い払った後、軍の幹部を連れ立って、聖書を片手にテレビに映り、国民を味方につけようとしました。終始一貫、イメージの世界で<敵>をつくり、人々の<恐怖>を利用して権力を掌握する手法です(※これは、ニクソンもレーガンもブッシュもやってきたアメリカ大統領の常套手段です)。しかし、ウイルスの脅威が私たちに示した<生命のリアリティ>は、トランプのこのような「政治的詐術」を一挙に陳腐化するでしょう。トランプ政権も(そしてそれに類似する日本を含む多くの右派政権も)、ウイルスの影響力を過小評価し、対応を間違え、結果的に大きく支持率を下げることになりましたが、それは、彼らの政治がもともと<生命>の論理に基づいていなかったからです。

「Black Lives Matter !」。それは、「All Lives Matter!」につながっています。「生きとし生けるものはすべて大切だ!」という思想は、もちろん地球環境問題や植民地主義問題などのより根源的な問題への取り組みにも連動する可能性を秘めています。その意味で、2020年は、後に人類史の大きな転換の年であったと言われるようになるかもしれません。

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