堀田善衛『方丈記私記』を読んで触発され、初めて 鴨長明『方丈記』を読みました。
もちろん、「東日本大震災」後の文脈で。
中学校以来、科目としての「古文」が好きになれませんでしたが、『源氏物語』など、歳をとって改めてじっくり読みたくなっています。
読んで驚いたのは、その言葉たちの瑞々(みずみず)しさ。古典とはそういうものなのでしょう。
それは、まさに中世の「文明論」でした。たとえば、私が真っ先に思い浮かべたのは、ヘンリー・ソローの『ウォールデン』でした。『方丈記』には、都市論、人間論、政治論、宗教論などなどあらゆる要素がひとつにまとめられ、さりげないエッセイとして語られています。しかも、当時主流の「文明」からは少し距離をとった形で。かつてのヒッピーや、今流行りの「スローライフ」思想の起源は、実は鴨長明にあったのだとも思えてきます。
その中に、「これ、民を恵み、世を助け給ふによりてなり」というフレーズがあります。これは鴨長明が当時の無謀な遷都にあわてふためく都の人々を遠目に見ながら、昔の良かったころの政治は「何より民衆の生活を第一に心を配る政治であった」と嘆息する部分です。そこでハッとしたのですが、今の「国民の生活が第一」とかいう珍妙な政党名は、もしかしたらここから盗ったのかとも思いました。「人災」としての大きな「災害」の後、この国ではいつの世も、同じ嘆息が繰り返されてきたのかと思います。
さて、地震と津波の記述。
「また元暦二年のころ、おほなゐふること侍りき。そのさまよのつねならず。山くづれて川を埋み、海かたぶきて陸をひたせり。土さけて水わきあがり、いはほわれて谷にまろび入り、なぎさこぐふねは浪にたゞよひ、道ゆく駒は足のたちどをまどはせり。いはむや都のほとりには、在々所々堂舍廟塔、一つとして全からず。或はくづれ、或はたふれたる間、塵灰立ちあがりて盛なる煙のごとし。地のふるひ家のやぶるゝ音、いかづちにことならず。家の中に居れば忽にうちひしげなむとす。はしり出づればまた地われさく。羽なければ空へもあがるべからず。龍ならねば雲にのぼらむこと難し。おそれの中におそるべかりけるは、たゞ地震なりけるとぞ覺え侍りし。その中に、あるものゝふのひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、ついぢのおほひの下に小家をつくり、はかなげなるあとなしごとをして遊び侍りしが、俄にくづれうめられて、あとかたなくひらにうちひさがれて、二つの目など一寸ばかりうち出されたるを、父母かゝへて、聲もをしまずかなしみあひて侍りしこそあはれにかなしく見はべりしか。子のかなしみにはたけきものも耻を忘れけりと覺えて、いとほしくことわりかなとぞ見はべりし。かくおびたゞしくふることはしばしにて止みにしかども、そのなごりしばしば絶えず。よのつねにおどろくほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。十日廿日過ぎにしかば、やうやうまどほになりて、或は四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に一度など、大かたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。四大種の中に、水火風はつねに害をなせど、大地に至りては殊なる變をなさず。むかし齊衡のころかとよ。おほなゐふりて、東大寺の佛のみぐし落ちなどして、いみじきことゞも侍りけれど、猶このたびにはしかずとぞ。すなはち人皆あぢきなきことを述べて、いさゝか心のにごりもうすらぐと見えしほどに、月日かさなり年越えしかば、後は言の葉にかけて、いひ出づる人だになし…。」
ここから、津波に巻き込まれた家々からは火事ではないのに粉塵が立ち上った様子がリアルに伝わってきます。これはまさに、去年私たちが目撃した風景です。そして最後の部分は、さらに衝撃的です。「人々は災害の直後心の曇りが少しは晴れたように見えたが、時間が経てばみんな忘れてしまった」というのです。教訓を忘れやすい民衆の真実を、クールに記述しています。この「忘却」もまた、繰り返されるのでしょうか…。
そして、
「いきほひあるものは貪欲ふかく、ひとり身なるものは人にかろしめらる。寶あればおそれ多く、貧しければなげき切なり。人を頼めば身他のやつことなり、人をはごくめば心恩愛につかはる。世にしたがへば身くるし。またしたがはねば狂へるに似たり。いづれの所をしめ、いかなるわざをしてか、しばしもこの身をやどし玉ゆらも心をなぐさむべき。」
というフレーズが続きます。
これは真実ですね。夏目漱石『草枕』の冒頭(「智に働けば…」)を思い出しますが、それより内容が重厚である気がします。「他人に仕えても、他人に親切にしても、どうせ利用されるだけ」という記述も、今の世界にますますあてはまるようです。
災害や、そこで苦しむ人間たちの真実を遠目に見ながら、『方丈記』の後半は、自らの小さな生活のディテールの記述に移行します。現代でいえば、たとえば井上陽水の「傘がない」の歌詞みたいに。
クールな文明論。それが『方丈記』を初めて読んだ感想です。
日本中世期の文明論――『方丈記』を読む
2012年7月15日