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原発災害の「補償」?--不可逆性の思想

目下、深刻な原発災害によってもたらされた被害を「補償」するための話し合いが行われているようですが、そもそも、まずはその壊されたものが何であるのかをよく観察しなければなりません。
すると、それが本当に「補償」などできるものであるのかどうかがわかります。
水俣病に代表されるほかの公害問題についても、加害者である政府や企業は永遠に果たされることのない「補償」の義務を負いますが、原発事故では、たとえば先祖代々の土地そのものが根こそぎ汚染され、それが半永久的に続くわけで、その失われたものの大きさは計り知れません。
人々が長い年月をかけてつくりあげてきた生活や生命の基盤(サブシステンス)そのものを根こそぎ破壊するようなテクノロジーが出現した現代では、一度壊すともう取り戻すことができないものの価値の考察から出発する「不可逆性の思想」が必要になっています。
政治的・法的な意味における「補償」とは、しょせん、線引きをすることに他なりません。まず私たちは、原発の深刻な被害においては、本来「補償」などは不可能なんだという事実を忘れてはならないと思います。

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