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沖縄 2012年6月

学会で、沖縄を訪れました。
しかも6月23日の慰霊の日をはさんで。
これで何度目になるか。
でも、私は依然として、本土からの物見遊山の観光客でしかありません。
ちょうどオスプレイ配備問題が熱を帯びていました。例のごとく、本土にはまったくその「熱」は届いていませんでしたが、私が乗ったタクシーの運転手さんも、野田首相を単に「税金泥棒」としか呼びませんでした。「声が全く届かないのに、課税だけされるのは理不尽だ」というのは、まったくの真理です。

平和の礎です。ここも何度訪れたでしょうか。何度訪れても、何も変わっていません。慰霊の日の翌日も、老夫婦がおまいりに来ていました。
あえて言います。<植民地>であることの悲しみは、旧く美しい祖先の営みを思い出す時に、さらに深く深く胸に迫ってきます。琉球王朝(首里城)の心臓部。そこにはただ木が生えています。

そして斎場御嶽(セイファーウタキ)から見える、久高島。久高島は「世界」にはじめて神様が降りた島です。

本土のためにつくられたサトウキビではなく、これら亜熱帯に茂る木々こそ、沖縄文明のもっとも基底にあったものなのではないか…。


そして海。



タクシーの運転手さんは、「海がきれいだと言っても、毎日見てたら飽きちゃうよ。ほかに何にも遊ぶものが無いからね」と言っていました。彼は若いころ、一度大阪に行って半年ほど働いたようですが、「都会は遊びがたくさんあって楽しかった」のだそうです。
この美しい海に面した地域は、有名芸能人や有名プロゴルファーが家を構えていました。彼らには、お金で沖縄の土地を買うことに、何の疑問もなかったようです。
植民地、沖縄。今でも「差別」されている、沖縄。
政府は「説明する」といいますが、何をどう説明できるというのでしょうか…。
けれども、また私は帰ってきてしましました。
沖縄の時間は夢のようでした。
夢?

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