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2012年衆議院選挙を終えて

今年も、もう終わりを迎えます。
今年も政治の行き詰まりが目立った年でした。
その集大成が、先日の衆議院選挙です。
すでに地元新聞やテレビ、ラジオなどでコメントをしてきましたが、卒業生からブログにもしっかり書いた方が良いというアドバイスを受け、本当に久しぶりにブログを書きます。今回の選挙の特徴は何であったか。
まず、徹底した国民の政治および政党不信が露わになりました。
投票率は50%台。新潟県も戦後最低の59.66%に低下しました。
そして注目すべきは、無効票です。新潟では、前回より7千票も増えました。無効票は、メディアもあまり取り上げませんが、誤記を除けば、投票所に行ったにもかかわらず白紙で出す人の数です。それが極めて多かった。これは重要な特徴です。
次に、選挙の争点が何であるかという事自体が「争点」だった、と言えます。「3・11」以後初めての選挙で、本来は、戦後(あるいは明治)以来のこの国のあり方を考える選挙であったはずです。しかし、日米関係(沖縄基地問)やエネルギー政策(脱原発政策)という大きな争点は次第に後景に退き、景気や雇用などといった目先の問題に争点が移って(あるいはズラされて)いきました。これは政党の力が弱まったことと並行していて、本来「明日の生活」という切迫した問題と、「国のかたち」という大きな長期的問題をつなぐストーリーを語るのが政党の役割なのですが、その力を十分にもった政党はどこにもなかったということです。当初「第三極」が叫ばれましたが、それは「極」になるというより、単に争点ごとに分裂し、実際には民主党の浮動票を食って自民党の大勝をおぜん立てしただけでした。つまり、有権者は、積極的に投票する政党を見いだせなかった。その際に現れる投票行動は、ただNOを示すことだけが重視される「懲罰的投票」となってしまいます。
第三に、これに関連して、政治と国民との距離がますます離れているという実態が明らかになりました。浮動票に依存する民主党はもちろんのこと、自民党ですら、地元の具体的な人間関係と切れてしまっていて、「票」はますます浮遊するものとなっています。新潟5区でも、あの「田中王国」の瓦解が明らかになりました。日常に根差したローカルで具体的な問題から「政治」を立ち上げるような堅実な政治家がいなくなり、「風」や「イメージ」や「スローガン」に依存する政治家ばかりがますます目につくようになりました。今ではもはや政治家自身が、このような本来の「政治」を信じていないのではないでしょうか。ほとんど体系的な政策をもたない「維新の会」が、(大阪的なノリの)勢いだけで50議席以上を獲得し、大勝した自民の代表も「憲法改正」とか「国民軍」とか、ひたすら勇ましいスローガンを唱えましたが、その背景にも、「政治」の弱体化がありました。「政治」なき後の政治とは、民主党、公務員、中国、戦後、憲法、何でもかまわないのですが、わかりやすい「敵」を想定し、それを叩くことで支持を得ようとする。これからも、ますますこのような「ヘイト・スピーチ」型の大衆動員政治が跋扈するかもしれません。
そして第四に、さらにこういった現象の背景として、ますます進行するグローバル化とリスク社会化が指摘できます。「維新の会」が好きな「優勝劣敗」のグローバルなリスク社会の中で、人々はひたすら漠然とした不安と相互不信に追い詰められ、当座の権威にしがみつくしかなくなります。そうなると政治は、自分たちで創るものではなく、常に最も大きな権威に委託し、お任せするものでしかなくなってしまいます。
問題は、「自民以後」です。おそらく次の自公政権は、今の政策を見る限り、山積する国内外の課題を解決することは難しいでしょう。そしてそうなった場合、国民の政治不信は、極限に達します。そうなった場合の日本社会はどうなってしまうでしょうか。暗い予感ばかりが先立ちます。
マヤの暦ではありませんが、私はこれ以上は見通すことができません。けれども、地域や地方を基盤にして、足腰の強い新しい政治を今のうちから準備しておく必要があるということは確かであると思っています。

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