映画 『放射能を浴びた X年後』(伊東英朗監督 南海放送制作 2013年)を観ました。
アメリカの核実験による日本人の被ばくの歴史は、第五福竜丸だけではなかったという事実を、丹念に追ったドキュメンタリー作品です。
アメリカの1954年の核実験作戦、「オペレーション・キャッスル」では、計6回の核実験が試みられました。それぞれ名前がついていて、ブラボー(3月1日)、ロメオ(3月27日)、クーン(4月7日)、ユニオン(4月26日)、ヤンキー(5月5日)、ネクター(5月14日)と呼ばれていました。そして6回目以外はすべてビキニ環礁で行われました。第五福竜丸が被ばくしたのは、最初の「ブラボー」実験です。それにしても、「ブラボー」や「ヤンキー」なんてふざけた名前に、吐き気をもよおします。
映画の最大の衝撃は、日本人が50年以上も、第五福竜丸の船員以外に被ばくした無数の漁師たちの存在を忘れていたという事実そのものにあります。200万ドルというお金でアメリカに簡単に黙らせられた日本政府によって、これらの弱い漁民たちは、ずっと苦しんできたにもかかわらず、私たち日本人はその歴史を意識せずにずっと戦後を過ごしてきました。
しかも米原子力委員会の資料から、核実験は世界全体を巻き込んだ人体実験でもあったという恐ろしい事実も浮かび上がります。核実験の影響を調べる観測所は、広島と長崎にも設置されたといいます。
こんなに大切なことを忘れたままで生きてきたなんて、本当に脳ミソの髄までアメリカに支配されてきた日本人の歴史。あらためて愕然とします。
この作品は、単に優れた作品というだけでなく、日本人が何度も振り返らなければならない最重要の事実を伝えるという意味で、本当に貴重な作品です。しかも、それは日本人にとどまらず、まさに「グローバル・ヒバクシャ」の視点を想起させます。南太平洋の先住民の人々や、米兵ですら、人体実験の対象でした。
しかし最後に、「X年後」ということばについて気になったことがあります。実は、この作品で唯一足りないのが、被ばくした漁師たちの子どもや孫の現状についての追跡なのです。「X年後」は、直接被ばくした彼らの世代だけではないはずです。ことごとく早死にした彼らの子どもや孫は今はどうなっているのか…。
チェルノブイリにもフクシマにも、「X年後」があります。そしてその「X」の値は、どの世代までかを限定することはできないかもしれないのです。
映画 『放射能を浴びた X年後』
2013年3月8日